【すごい人に会わせたいんだ】なぜ彼らは「夢」という名の中古車を高値で売りつけられていることに気づかないのか

マルチピラミッド 現代社会

序章:その「同窓会」は、壮大なオーディション会場だった

久しぶりにSNSを開くと、中学時代に特に親しかったわけでもない旧友からのメッセージがポップアップで表示される。「元気?同窓会も兼ねて、すごい人たちが集まるパーティーがあるんだけど来ない?」

「すごい人たち」。なんと魅惑的な響きだろうか。
今の退屈な日常から抜け出す、何かの「きっかけ」になるかもしれない。あなたは淡い期待を胸に、指定されたタワーマンションの一室へと足を運びます。

しかし、そこであなたを待っていたのは、懐かしい思い出話ではありませんでした。
きらびやかな夜景を背景に、見ず知らずの男女が熱に浮かされたように互いの「成功」と「夢」を称え合っている。そして、その輪の中心にいる「すごい人」は、あなたにこう語りかけます。「君も私たちと一緒に、時間と場所に縛られない『本当の自由を手に入れないか?」と。

その瞬間、あなたはこの場所が「同窓会」という名の壮大なオーディション会場であり、自分が彼らのビジネスにおける次の「主演俳優(という名の、養分)」候補として品定めされている事実に気づきます。

おめでとうございます。あなたは今まさに、人類が何十年も繰り返し続けてきた古典的な茶番劇の最前列の観客席に座ったのです。

この記事は、なぜ多くの人々がこの使い古された脚本のあまりにも「ダサい」結末に気づかずに自ら舞台に上がってしまうのか、人間的な心のカラクリを解剖するものです。

第1章:「商品は、最高なんだ」その呪文が思考停止の第一歩である

彼らは必ずこう言います。「まず、この商品が本当に素晴らしいんだ」と。
そして、その奇跡のサプリメントや肌が生まれ変わる化粧品について、専門家も顔負けの流暢さで語り始めます。

しかし、あなたはそのプレゼンテーションの最中に、一つの「奇妙な違和感」に気づかなければなりません。

もし、その商品が本当に「本物」ならば、なぜその存在を世の中のほとんどの人間は知らないのでしょうか。なぜ、その素晴らしい商品の広告をテレビや雑誌で一度も見たことがないのでしょうか。

彼らは決まってこう反論するでしょう。「広告費や中間マージンをかけない分、商品の原価を高め、会員に利益を還元できる優れたシステムだからだ」と。一見、合理的に聞こえるかもしれません。

しかし、ここで私たちは本質的な問いを立てるべきです。彼らが売っている本当の商品は何か?

もし、その奇跡のサプリが本当に多くの人々を救う「本物」ならば、一企業として、その流通を会員だけに限定する行為は、社会的な利益を著しく損なう、極めて不誠実な態度ではないでしょうか。本当に価値のあるものなら、より多くの人に届けるための努力(つまり一般流通)をするのが企業の本来の姿です。

しかし、彼らにとって本当の商品は「サプリ」や「化粧品」ではないのです。彼らが売っている商品とは、「あなた自身が、この商品を売る権利」そのものです。

そう考えれば、全てに説明がつきます。一般流通してしまえば、この「権利」という商品の価値がゼロになる。だからこそ、彼らは流通を閉鎖的な会員制に限定し、「選ばれた者だけの秘密のビジネス」という幻想を守り続ける必要があるのです。

彼らが「商品は最高だ」と連呼するのは、この「権利」という名の実体のない商品を飾り立てるための、必死の包装紙に過ぎません。

第2章:「夢を追う仲間」その「部活動」ごっこが、最も高くつく

この茶番劇の最も滑稽な点は、彼らが自らの行為を「ビジネス」ではなく、一種の「崇高な自己実現の旅」だと信じて疑わないところにあります。

彼らのSNSには、「最高の仲間たちと、最高の人生を!」「夢に日付を!」といった、まるで高校の文化祭のスローガンのような眩しい言葉が並びます。彼らは頻繁にバーベキューをし、フットサル大会を開き、互いの誕生日をサプライズで祝います

その光景は一見、輝かしく楽しそうに見えるでしょう。
しかしそれは「ビジネス」の皮を被った、あまりにも高くつく「お友達ごっこ」に他なりません。

もちろん、彼らがそこで感じる「仲間との絆」や「自己成長」といった感情が、すべて嘘だとは言えません。むしろ、その感情は本人たちにとって「本物」でしょう。

しかし、私たちはその感情について冷静に分析しなければなりません。その共同体において、友情や絆は「無条件」でしょうか?

答えは否です。

その「最高の仲間たち」との関係は、「あなたがこのビジネスを続け、商品を買い続けること」を絶対条件とした、条件付きの人間関係なのです。もしあなたが「このビジネスを辞める」と宣言した瞬間、昨日まで「最高の仲間」だった彼らが、手のひらを返したようにあなたを「夢を諦めた裏切り者」として、コミュニティから排除するでしょう。

つまり、彼らが謳う「絆」や「やりがい」とは、ビジネスモデルの構造的な欠陥(=ほとんどの人間は儲からない)から目をそむけさせ、組織からの離脱を防ぐための、最も強力な「維持コスト」として機能しているのです。それは友情や絆の皮を被った、高くつく「サブスクリプションサービス」と言えます。

あなたは彼らを「起業家」だと錯覚してはいけません

彼らは、組織が用意した「成功者の夢」という中古のシナリオを演じさせられているただの「エキストラ俳優」なのです。

第3章:「権利収入」という名の「宝くじ」

この茶番劇のクライマックスに登場するのが、「権利収入」という魔法の言葉です。
何もしなくても、お金がチャリンチャリンと入ってくる魅惑のシステム。

しかしそのシステムが、いかに「天文学的に不利な確率の宝くじ」であるか、彼らは決して語りません
彼らがあなたに見せるのは、この宝くじに当たったほんの一握りの「成功者」の姿だけです。

彼らは、その成功者のライフスタイル(タワマン、高級車、海外旅行)を繰り返し見せつけ、あなたにこう錯覚させます。
「自分も、ああなれるかもしれない」と。

これは、カジノのスロットマシンが絶えずジャックポットの派手な音を鳴り響かせているのと同じです。あの音は、他の大多数の静かにお金を吸い取られているプレイヤーたちに「次は、自分の番かもしれない」という根拠のない希望を抱かせ続けるための残酷な「演出」なのです。

なぜ、天文学的に不利な確率の宝くじに、人々はなけなしの金を投じてしまうのでしょうか。それは、彼らが「論理」や「確率」を理解できないからではありません。むしろ、このシステムが、人間の「論理的思考を麻痺させる心理的な罠」を、巧みに利用しているからです。

彼らは、ほんの一握りの成功者の姿だけを繰り返し見せつけます。これは、人間の脳が「身近で印象的な事例」を過大評価してしまう「利用可能性ヒューリスティック」という認知バイアスを悪用したものです。何千人もの脱落者の表には出てきにくい失敗談よりも、目の前のごく一部の成功者のきらびやかな姿の方が、遥かに強く心を動かしてしまうのです。

さらに、「自分だけは成功できるはずだ」という根拠のない楽観は、「正常性バイアス」や「楽観主義バイアス」として知られる、誰もが持つ心のクセです。マルチ商法は、こうした人間の普遍的な「心理的傾向」につけ込んできます。

つまり、これは「知的か、そうでないか」という問題だけではなく、人間の心の穴を知り尽くした捕食者(システム)と、誰もが持つ心の穴(心理的傾向)を抱えた獲物(私たち)の戦いなのです。

終章:あなたの「信頼」は安売りしてはならない

結局のところ、マルチ商法があなたから奪う最も大切なものは何でしょうか。
お金ではありません。時間でもありません。

それは、あなたがこれまでの人生で地道に築き上げてきた「他人からの信頼」です。

彼らがあなたに「仲間になれ」と迫る時、彼らが本当に欲しているのは、あなたの能力やあなたの資金ではありません。

彼らが狙っているのは、あなたの背後にある、あなたの友人、あなたの家族、あなたの恋人といった、「あなたが信頼されている人間関係のリスト」そのものなのです。

あなたはそのリストを彼らに差し出すことで、一時的な「仲間」と「夢」を手に入れた気になります。

しかし、そのリストに載っていたかけがえのない人々は、あなたが「信頼を金に換えるダサい人間」に成り下がってしまったことに静かに、しかし確実に気づいていくでしょう。

夢という名の蜃気楼は消え、仲間だと思っていた人々は次のカモを探しに行き、あなたの手元には、誰からも信頼されなくなった空っぽの自分だけが残る。

これ以上に惨めで滑稽なダサい姿があるでしょうか。

もし久しぶりに連絡してきた友人が「すごい話がある」と目を輝かせてあなたに語り始めたなら、どうか彼を憐れんであげてください。

彼は自分の最も大切な資産である「あなたとの友情」を、中古の夢と引き換えに二束三文で売り払おうとしている哀れなセールスマンなのですから。

そしてその商品をあなたは決して買ってはいけません。あなたの信頼はそんな安物ではないはずです。

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