「時間の切り売り」という牢獄からの脱獄者たち ~ネットワークビジネスおじさんの生態と言語体系に関する考察~

ネットワークビジネスおじさん
目次

序章:ネットワークビジネスおじさんの啓蒙活動

休日の午後、少しだけ時間の空いた喫茶店や、ホテルのラウンジ。その片隅で、奇妙な熱気を帯びた一角を観測したことはないでしょうか。

片方には、少しだけ戸惑った表情の若者。そしてその向かい側には、まるで世界の真理を全て悟ったかのような、穏やかで、しかし目の奥に独特の光を宿した、一人のおじさん。

彼の服装は、少しだけサイズの合っていないオーダースーツか、あるいは不自然なほど健康的なライフスタイルをアピールするための、高級ブランドのジャージです。

ネットワークビジネスおじさんによる勧誘の現場

彼の前には、ノートパソコンと、数本のペン。

そして、中身は不明ながらも、飲むだけで人生が好転するとされる、カラフルな液体が入ったシェイカーが置かれています。

これは、私たちが「ネットワークビジネス」と呼ぶ、ある種の経済活動に従事する個体、通称「ネットワークビジネスおじさん」の、新規個体への「啓蒙活動」のワンシーンです。

今回は、この極めて興味深い生態を持つ彼らの行動原理と、その独特な言語体系について分析していきます。

第1章:彼らはなぜ「夢」という単語を多用するのか

彼らの会話を注意深く聞いていると、ある特定の単語が、驚くべき頻度で使用されることに気づきます。

それは、「夢」「自由」「仲間」「権利収入」「不労所得」といった、極めて抽象的で、しかし聞く者の心を高揚させる力を持つ言葉たちです。

「君の夢って、何?」

若者に夢を尋ねるネットワークビジネスおじさん

彼の最初の問いかけは、多くの場合これです。

これは、相手の価値観を探るための質問ではありません。

これは、相手が日常の中で忘れてしまっている、あるいは、心の奥底に封印している「満たされない欲求」という名の、心の脆弱性を探すためのスキャンニング行為なのです。

若者が「海外旅行に行きたいです」「お金持ちになりたいです」とありきたりな答えを口にすると、我が意を得たりとばかりに彼は深く頷きます。

「素晴らしい!それ、最高の夢だね!でも、今のまま会社で働き続けて、その夢、本当に叶うかな?会社は、君の『時間』を切り売りさせて、その対価として給料を払っているだけなんだよ。それって、『時間の牢獄』にいるのと同じじゃないかな?」

ここで、彼の論理の第一段階が完了します。

彼はまず、相手が置かれている「会社員」という現実を、「自由を奪われた、不幸な状態」であると定義します。そして、自分自身を、その牢獄からすでに「脱獄」した、先駆者(=メンター)として位置付けるのです。

第2章:「事実」と「感情」を巧みに織り交ぜる、物語の脚色術

次に彼が展開するのは、「数字」と「ストーリー」を巧みに織り交ぜた、説得の第二段階です。

彼はノートパソコンを開き、一見すると非常に複雑で、しかしよく見ると何の根拠も示されていない図形(組織図)を見せ始めます。

「僕らのビジネスモデルは、すごくシンプル。この素晴らしい製品(サプリ、化粧品、浄水器など)の良さを、本当に大切な人たちに伝えていくだけ。そうすると、その人たちの売り上げの一部が、僕にも入ってくる。そして、その人たちが新しい仲間を見つければ、その売り上げも…わかるかな?これが『権利収入』。君が寝ていても、旅行していても、自動的にお金が入ってくる仕組みだよ」

権利収入の仕組みを解説するネットワークビジネスおじさん

ここで提示される「仕組み」は、意図的に曖昧にされています。

重要なのは、その仕組みの正しさではありません。重要なのは、その先に待っている「自由な生活」という、甘美な物語を相手の脳内に植え付けることです。

彼は、すかさず物語(エビデンス)を補強します。

「僕のメンターの○○さんなんて、先月は仲間たちとハワイでBBQパーティーだよ。もちろん、費用は会社持ち。僕も来年は、君みたいな素敵な仲間と一緒に、タワーマンションの最上階で祝杯をあげるのが夢なんだ」

ここで語られる「メンター」や「仲間」は、現実の人間ではありません。それは、彼らのコミュニティの中だけで通用する、成功と幸福の「記号」です。

彼は、具体的な事実の代わりに、感情に訴えかける物語を提示することで、相手の論理的な思考能力を一時的に麻痺させ、彼の提示する世界観へと引きずり込んでいくのです。

終章:「でも」「だって」という反論を無効化する、最強の防御呪文

さて、話も終盤に差し掛かると、若者の表情には、高揚感と共に、一抹の不安や疑問が浮かび始めます。

「でも、そんなに上手くいくものなんでしょうか…」
「だって、友達にこれを売るのはちょっと…」

この現実的な反論という「攻撃」に対してネットワークビジネスおじさんは動じません。彼は、この瞬間のために用意された最強の防御呪文を唱えるのです。

彼は、それまでの笑顔をスッと消し、少しだけ悲しそうな、しかし全てを見透かしたような目で、静かにこう語りかけます。

「…なるほどね。でもそれは、まだ君が『あっち側』の世界にいるから、そう思うんだよ」

この一言は、魔法の言葉です。

これは、相手の全ての合理的な反論を、「不自由な世界の常識に囚われた古い考え方だ」と一刀両断して無効化する、究極の論理のすり替えだからです。

この呪文を唱えられた若者は、もはや何も言えません。

これ以上反論すれば、自分が「夢のない古い価値観の人間」であると、自ら証明することになってしまうからです。

こうして、彼は若者の思考の城の最後の城壁を打ち破り契約書にサインをさせるのです。

契約書にサインをさせるネットワークビジネスおじさん

喫茶店を出る頃には、彼の顔には、一人の人間を「時間の牢獄」から救い出したという深い達成感と、次の「夢追い人」を探すための新たな光が宿っています。

彼の戦いは、これからも続くのです。
彼自身が、本当にその牢獄から出られているのかどうかはわからないままに。

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