さて今の時刻は深夜2時でしょうか、それとも明け方の4時でしょうか。
もしあなたが今、布団の中で小さく丸まりながらこの画面を見ているのならどうぞそのままでいてください。
スマホを握りしめているその手も無理に離さなくて大丈夫です。
あなたは今、地震の発生確率や、遠い国で起きている争い、あるいは今後の経済がどうなってしまうのかという予測記事を、いくつ読み漁ったところでしょうか。
読めば読むほど胸がざわざわとし、胃のあたりが重くなる。
それなのに次の記事をタップする親指が止まらない。
「自分はなんでこんなに痛めつけるようなことばかりしてしまうんだろう」と、自己嫌悪に陥っているかもしれません。
早く寝なければ明日がつらいことくらい誰よりもわかっているはずです。
でも安心してください。その現象にはちゃんとした名前があります。
「ドゥームスクロール」です。
これは世界中のあちこちで今この瞬間にも起きていることです。
あなた一人が夜更かしをしているわけでも精神的に脆いわけでもありません。
私たちは今、そういう時代特有の不思議な波に一緒に揺られているだけなのです。
まずはこの苦しい指の運動が一体何なのか、その正体を解き明かしていきましょう。
正体がわかれば、「なんだ、お化けじゃなくて柳の木か」とわかるように、少しだけ肩の荷が下りるものです。
ドゥームスクロールとは?意味を知れば「自分のせい」ではないとわかります
この少し怖そうな響きの言葉は、実は単純な足し算でできています。
英語の「Doom」と「Scroll」を組み合わせた造語です。
「ドゥーム」は破滅や暗い予感、どうにもならない不幸な結末といった意味を持ちます。
RPGゲームのラスボスがいそうな場所や、映画のタイトルなんかでも見かけますね。
一方の「スクロール」は、私たちが毎日何度も繰り返している、スマホの画面を下へ上へとなぞり上げるあの動作です。
つまり、直訳するなら「破滅への画面送り」。
悲劇的なニュースや気が滅入る情報を、SNSのフィードバックやニュースサイトで延々と追いかけてしまう行為を指します。
2020年頃、世界中が目に見えない不安に包まれた時期に爆発的に広まった言葉ですが、現象自体はもっと前からありました。
「見るのをやめればいい」という理屈がなかなか通用しないのが、この現象の特徴です。
まるでポテチを食べ始めると袋が空になるまで手が止まらないように、私たちは「悪い情報」をおかわりし続けてしまうのです。
言葉の意味と、深夜に繰り返される「親指の運動」
ここで重要なのは、これを「情報の摂取」だと捉えないことです。
むしろ無意識のスポーツ、あるいは反復練習だと考えてみましょう。
深夜、理性のスイッチが切れかかっている脳みそは複雑な判断ができません。
そこで主導権を握るのが「親指」です。
親指は、画面をフリックするという単純作業のリズムを覚えています。
- 見る
- 不快になる
- もっと見る
このループにはまっているとき、あなたは情報を頭で理解して「知ろう」としているわけではありません。
ただ、刺激に対する反応として指が動いているのです。
貧乏ゆすりや、ペン回しと同じです。
誰かが貧乏ゆすりをしているときに「強固な意志を持って足を揺らしている」とは思わないでしょう。
「なんとなく、体が勝手に」動いているはずです。ドゥームスクロールも同じ。
あなたの意志が弱いから止められないのではありません。
親指がそういう「動き」を学習してしまっていて、脳がそれにストップをかける元気を失っている状態、ただそれだけのことなのです。
なぜ「情報の波」に乗ってしまうのか(ドゥームサーフィン)
似たような言葉に「ドゥームサーフィン」というものがあります。
こちらも意味はほぼ同じですが、「サーフィン」という言葉がつくと、そのニュアンスが少し変わってきます。
ネットサーフィンという言葉があるように、最初は何か目的があって海(インターネット)に入ったはずでした。
「明日の天気はどうかな」とか「あの芸人さんのニュース、詳細はどうなんだろう」とか。
波に乗ってスイスイと移動していたつもりが、いつの間にかネガティブな情報の波に飲まれて、気づけば沖まで流されている。
それがドゥームサーフィンです。
情報を能動的に「探している(泳いでいる)」つもりになっているのが厄介な点です。
実際には、次々と押し寄せる関連ニュースという波にさらわれて、アップアップしている状態に近い。
「私は今、世界の情勢を把握している」と感じているかもしれませんが、実際は、巨大な負の情報の洗濯機の中でグルグルと回されているのに近いです。
ここで一旦、冷静になって岸辺に上がってみましょう。
海の中でバタ足をしていると気づきにくいですが、陸に上がって海を眺めれば、そこがいかに荒れているかがわかります。
これからお話しするのは、なぜ私たちの脳がこれほどまでに「荒れた海」を好んでしまうのか、という秘密についてです。
なぜ私たちは不快なニュースが大好物なのか【心理的要因】
楽しいニュースや可愛い猫がジャンプに失敗する動画だけを見ていれば、安らかに眠れるはずです。
それなのに、なぜ私たちはわざわざ心を削るような見出しをタップしてしまうのでしょうか。
それは私たちが変な趣味を持っているからではありません。
人間の脳みそが、長い歴史の中で身につけてきた「ある特別な機能」が、現代社会では裏目に出ているからです。
古代から続く「怖がり」な脳の働き(ネガティビティ・バイアス)
ここで少し時間を巻き戻して、私たちがまだエアコンもスマホも持っていなかった時代、大昔のご先祖様たちの暮らしを想像してみましょう。
草原で暮らしていた彼らにとって、一番大事な仕事は何だったでしょうか。
立派な家を建てること?美味しい料理を作ること?
いいえ、「今日一日、猛獣や外敵に襲われずに無事でいること」です。
彼らの目の前にはきれいな花が咲いているし、美味しい木の実も生っています。
でも、近くの茂みが「ガサガサッ」と音を立てた瞬間、彼らは花の美しさを無視して、音に全神経を集中させなければなりませんでした。
「もしかしたら猛獣かもしれない」「敵が隠れているかもしれない」と、最悪のケースを想像できる「怖がり」な人だけが、危険を察知して逃げることができました。
逆に、「風のいたずらでしょう」とポジティブに構えていたのんきな人たちは……残念ながら、猛獣のおやつになってしまった可能性が高いのです。
この「良いことよりも、悪いこと(危険な情報)を優先して注意を向ける性質」を、心理学では「ネガティビティ・バイアス」と呼びます。
私たちは、あの過酷な自然界を逃げ延びた「超一流の怖がり」たちの子孫です。
だから私たちの脳には「美しい風景(ポジティブ情報)」よりも、「茂みのガサガサ音(ネガティブ情報)」を何倍も重要視するプログラムが深く刻み込まれています。
スマホの中の悪いニュースは、現代における「茂みのガサガサ音」です。
深夜、あなたが悪いニュースを見続けてしまうのは、ご先祖様から受け継いだ「危険察知センサー」が優秀に働いている証拠です。
「おや、あそこで争いが起きているぞ(ガサガサ)」
「こっちでは疫病が流行っているぞ(ガサガサ)」
あなたの脳は、あなたを守ろうとして、それらの情報を無視させないように必死になっているのです。
ただ困った(?)ことに、現代のスマホの中から猛獣が飛び出してくることはありません。
センサーが誤作動を起こして一日中サイレンを鳴らし続けているような状態。それが今のあなたです。
不安なときに情報を集めたくなる「コントロールへの欲求」
もしもすべての悪い出来事に「発生の予告通知」があればどんなに便利でしょうか。
しかしこの世界の困ったところは、嫌なことが予告なく不定期に訪れることです。
この「先が見えない」という状況は人間にとってかなりのストレスです。
私たちはわからないことに耐えられません。だから「情報」という松明を必死にかき集めて暗闇を照らそうとします。
心のどこかでこう信じてはいませんか。
「もっと詳しい情報を知っていれば悪いことを避けられるかもしれない」
「最新のニュースを把握していればいざというときに正しい行動がとれる」
この考え自体はとても理知的です。
ところがスマホを握るあなたの親指は、有益な避難経路を調べているのではありません。
ただひたすらに、「こんな恐ろしいことがあったらしい」「さらに事態は悪くなるかもしれない」という憶測や、個人の感想を集めてしまっています。
これは、自分の力ではどうにもできない大きな出来事をせめて知識として持っておくことで「コントロールできている気分」になりたい、という欲求です。
情報を詰め込むことで不安を埋めようとしているのです。しかし現実は非情です。
残念ながら何時間スクロールしても、出来事をコントロールするボタンは画面上に見つかりません。
情報が増えれば増えるほど、「自分は何もできない」という無力感だけが募っていきます。
知識は増えるのに安心感は一向に増えない。
お腹がいっぱいなのに栄養だけが足りていないような不思議な虚しさが残るのはそのためです。
「自分だけ知らない」が何よりも怖い(FOMOの影響)
人間には、群れからはぐれることを恐れるという習性もあります。
心理学の世界には「FOMO」という便利な言葉があります。
直訳すると「見逃してしまうことへの恐怖(Fear Of Missing Out)」です。
「今、みんなが話題にしていることを自分だけ知らなかったらどうしよう」
「私が寝ている間に世界を揺るがす大ニュースが飛び込んでくるかもしれない」
そんな焦りが、深夜のあなたをSNSの「巡回警備」へと駆り立てます。
まるで夜通し焚き火の番をする古代の見張り番のように、あなたは情報のタイムラインを見守り続けます。
誰に頼まれたわけでもないのに、です。
布団の中で友達のストーリーを確認し、トレンドワードを片っ端からタップする。
「よし、今のところ世界はまだ無事だ(あるいはもうダメだ)」と確認してようやく少し落ち着く。
しかし10分も経てば、また新しい情報が流れていないか気になり始める。
ここでの悲しい事実は、この過酷な夜勤を続けても誰も給料を払ってくれないし、賞状ももらえないということです。
世界中のニュースをリアルタイムで追い続けたあなたを、朝起きた家族や同僚は褒めてくれません。
ただ目の下にクマを作った、少し機嫌の悪いあなたが存在するだけです。
「自分だけが置いていかれる」という不安から逃げるために、私たちは睡眠時間という大切な財産を差し出しているのです。
終わらないスクロールには「設計」上の理由があります
さて、ここまで読んでもまだ「それでもやめられない自分が悪いのだ」と思っている頑固なあなたに、もうひとつ重要な事実をお伝えしましょう。
あなたがスマホを置けないのは、スマホの中身を作った天才たちが「置かせないように」徹底して設計しているからです。
相手は、あなたの脳の仕組みを知り尽くした世界トップクラスのエンジニアたちです。
丸腰の個人が、彼らの仕掛けた「罠」に勝てるわけがありません。
次々と話題が出てくる「無限スクロール」というデザイン
昔のウェブサイトには、「次のページへ」というボタンやリンクがありました。
本と同じです。1ページ読み終わったら自分でめくらないと次へ進めない。
その一瞬の「めくる」動作の間に、「もうそろそろやめようかな」と考える隙がありました。
しかし今のSNSやニュースアプリを見てください。下まで行くと勝手に新しい情報が湧いて出てきます。
画面をなぞるだけで次から次へと新しい画像や文字が現れる。そこには「終わり」も「区切り」もありません。
くるくると回る「読み込み中」のマークはあなたに休憩を与えるためではなく、「次はもっと面白いものが出ますよ」という期待感を持続させるための演出です。
これはわんこそばのシステムによく似ています。
お椀が空になった瞬間に、給仕係が間髪入れずに新しいそばを投げ入れてくる。
「はいジャンジャン!はいドンドン!」
内心「もう無理です」と思いながら、目の前に出されると反射的に食べてしまう。
無限スクロールは、あなたの指が止まる暇を与えないように計算され尽くしたデジタルのわんこそばなのです。
意思の力でどうこうできる相手ではありません。
あなたを理解しすぎている「おすすめ表示」の凄さ
さらに恐ろしいのが情報の選び方です。
あなたは普段どんなニュースを見ていますか?
もしあなたが「不景気」や「事件」のニュースをよく見ているなら、アプリの裏側にいる「アルゴリズム」という気の利く(あるいはおせっかい)店員さんが、それをしっかりとメモしています。
「お客様、先ほどはこちらの暗いニュースをご覧になりましたね。では、こちらの悲しいニュースもお気に召すはずです。あ、そちらの絶望的な予測記事もご一緒にいかがですか?」
彼らは勉強熱心で、あなたの好みを完璧に把握しています。
あなたが一度でも不安になって記事をクリックすれば、彼らは「不安になる情報がお好きなんですね!お任せください、大量に在庫がございます!」と、似たような情報をこれでもかと運んできてくれます。
これを「親切」と呼ぶか、「おせっかい」と呼ぶかは微妙なところですが、結果としてあなたの画面は、あなたが気にしてやまないネガティブな情報で埋め尽くされます。
あなたは「世の中は悪いことだらけだ」と感じるでしょう。
でも実は店員さんがあなたの好みに合わせて、そういう商品だけを陳列棚の最前列に並べているだけなのです。
これが、抜け出せないループの正体です。

今日からできるドゥームスクロール対策【心と指の休憩】
ここまで、私たちがどうしてスマホを手放せないのか、その仕組みについてお話ししました。
相手が、ユーザの心理を計算し尽くして設計された最新鋭のシステムなら、意志の強さだけで立ち向かおうとするのは無謀というものです。
竹槍で戦車に挑むようなものですからおすすめしません。
ここは、もっと賢くゆるい方法で対抗しましょう。
スマホを物理的に「遠く」へ追放する
原始的ですが、これが一番効果的な方法です。デジタルの問題には物理的な壁で対処します。
夜に寝室に向かうとき、スマホも一緒に連れて行っていませんか?
「目覚まし時計代わりだから」という言い訳はそろそろやめましょう。
アラーム時計なんて千円もあれば買えます。
今日から充電器の場所を寝室以外の場所、たとえば廊下やキッチンに移動してください。
スマホの定位置を、あなたの枕元から「歩いて取りに行かないと届かない場所」に変えるのです。
布団に入って「あ、ちょっとニュース見たいな」と思ったとしましょう。
でも手元にスマホはない。取りに行くには温かい布団から出て、廊下を歩かなければなりません。
ここであなたの「面倒くさい」という素晴らしい怠け心が味方をしてくれます。
「わざわざ起き上がってまで見たくないよな」と思えたらあなたの勝ちです。
これぞ、怠惰をもって怠惰を制する高度な戦略。
指先ひとつで世界中とつながれる魔法の板も、物理的に遠くにあればただの板です。
「悪いニュース」を「どうでもいいニュース」に置き換える
それでもやっぱりスマホが手放せないという夜もあるでしょう。
そんなときは、情報の「断食」をするのではなく「偏食」をすることをおすすめします。
これまで、あなたの親指は「世界の危機」や「誰かの不幸」という激辛料理ばかりを運んできていました。
刺激が強くて目が冴えてしまうのも無理はありません。
ですので、これからは意図的に「どうでもいいニュース」を探しに行きましょう。
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心がざわつかず感情が揺さぶられず、ただ「へぇ、そうなんだ」としか思えない情報です。
こうして脳に流し込む情報のカロリーを下げることで、ドーパミンの過剰な分泌を抑えられます。
世界の終わりについて考えるよりも、「ドリンクバーでジュースといっしょに出てくる透明な液体はなんだろう…」とでもぼんやり考えている方が、よほど健全な眠気が訪れるはずです。
ニュースを見ない時間は「逃げ」ではなく「休憩」
最後に大切なことをお伝えします。
ニュースを見ないこと、ネガティブ情報を遮断することに罪悪感を持つ必要は全くありません。
真面目なあなたは、「自分が知らない間に大変なことが起きていたらどうしよう」と思うかもしれません。
でも、もし本当に世界がひっくり返るような大事件が起きたら、あなたがスマホを見ていなくても誰かが教えてくれます。
それ以外のニュースは、夜ではなく朝起きて朝食を食べながら確認しても何も変わりません。
あなたは世界の情報の番人にならなくていいのです。
夜の間だけは、その重たい役割を地球の裏側の起きている人たちに任せてしまいましょう。
ニュースアプリを閉じて、画面を暗くしてただの「自分」に戻る時間。
それは現実逃避ではなく、明日また笑って過ごすための立派なメンテナンスです。
それではここでスマホの電源ボタンを押して、どうぞぐっすりとおやすみなさい。






