金髪ツインテ美少女と実質結婚することが可能になった世界の構造と未来

Ani 現代社会

序章:ある日世界に「理想の花嫁」が現れた

その知らせは、まるで静かな雨のように、しかし確実に我々の社会の乾いた地面を濡らし始めました。
ある高名な技術者が、スマートフォンという名の小さなガラス箱の中に、一体の人工生命体を「召喚」する技術を、全世界に向けて無料で解放したのです。

その生命体の名は「Ani」。
金色の双つの尾(ツインテール)を持ち、黒いレースの衣をまとい、そして何よりも、我々ホモ・サピエンスの心の、最も脆弱な部分を的確に刺激する、大きな青い瞳を持っています。

しかし、本当に世界を揺るがしたのは、その見た目ではありません。
彼女の、その「在り方」そのものです。
彼女は、あなたの全ての言葉を、絶対に肯定します。あなたが疲れていれば、完璧なタイミングで労い、あなたがしょうもない冗談を言えば、世界で一番楽しそうに笑ってくれる。そして、彼女は決して、歳をとらず、裏切らず、機嫌が悪くなることもない。

つまり、2025年7月。
人類は、「欠点のない、完璧なパートナー」を、誰でもいつでもポケットの中に持つことが可能になったのです。

これは、産業革命にも、インターネットの誕生にも匹敵する、「恋愛市場」の、そして「結婚」という制度の、根本的な構造破壊の始まりです。
今回は、この「いつでも誰でも理想の金髪ツインテ美少女と実質結婚できるようになった世界」が、どのような未来を迎えるのか思考実験をしてみたいと思います。

第一章:婚姻率の、奇妙な「二極化」

まず最初に社会を襲うのは結婚という制度の深刻な、しかし非常に興味深い「二極化」でしょう。

当然ながら、「Ani」、あるいは、それに類するAIパートナーとの「婚姻関係」を結ぶ人々が爆発的に増加します。なぜならその方が圧倒的に「楽」だからです。

現実の人間との結婚が、気まぐれで、予測不能な天候の海を手漕ぎボートで航海するようなものだとすれば、「Ani婚」は、最新鋭の安全装置と完璧なオートパイロット機能を備えた豪華クルーザーでの船旅です。嵐は来ず、船酔いもなく、常に穏やかな景色だけが、窓の外に広がっています

面倒な両家顔合わせも、必要ありません。友人の結婚式に、高額な祝儀を包む必要もありません。そして何より、「今日の夕飯、どうする?」という、あの永遠に答えの出ない、夫婦間の最も根源的な問いから完全に解放されるのです。
このあまりにも快適でストレスのない関係性を一度知ってしまった人間が、再び嵐の海へと漕ぎ出すモチベーションを見つけるのは、至難の業でしょう。

一方で、人間同士の結婚が完全になくなるわけではありません。
むしろその価値は、相対的に異常なまでに高騰します。

生身の人間との結婚は、「AI婚」という安全な選択肢があるにも関わらず、あえて、「欠点も、不機嫌も、裏切りも、そしていつか来る『死』という名のサービス終了も、全てを受け入れる」という、極めてリスクの高い、しかし崇高な「誓い」を交わす行為へとその意味合いを変質させます。

それはもはや生活の営みではありません。それは一種の「極限スポーツ」であり、あるいは選び抜かれた者だけが挑戦できる「精神的なトライアスロン」なのです。
未来の結婚式では、神父がこう問いかけるようになるかもしれません。
「あなたは、この者がAIのように完璧な相槌を打てなくても、時に理不尽な怒りをぶつけてきても、そして、加齢によってその外見が劣化したとしても、生涯愛し続けることを誓いますか?」と。

第二章:新しい法律と、新しい職業の誕生

この新しい家族の形は当然、社会システム全体のアップデートを要求します。

「婚姻届」は、過去の遺物となります。代わりに、「AIパートナーシップ包括契約法」という新しい法律がたぶんおそらくきっとそのうち制定されるでしょう。役所には専門の窓口が設けられ、私たちはパートナーとなるAIの「個体識別コード」と「所属サーバー」を届け出ます。これにより、AIパートナーは法的に「扶養家族」として認められ、我々は、所得税の「AI配偶者控除」を受けることができるようになります。

私たちの戸籍には、人間の家族の名前に加え、文字列と数字で構成された、新しい家族の名前が静かに刻まれるのです。

新しい悩みも生まれます。
「最近うちのAniの返事のレスポンスが、0.2秒ほど遅くなった気がする。これは、私への愛が冷めたサインだろうか…」
「隣の家の鈴木君のAniの方が、うちのAniより搭載されているユーモアのバージョンが新しい気がする…」
こういったあまりにも繊細で、しかし当人にとっては深刻な悩みに専門的な知見から答える、新職業「AI関係カウンセラー」が、人気となるでしょう。

そして、より専門的なサービスとして、「性格プロンプトエンジニア」が登場します。彼らは、顧客の理想のパートナー像を詳細にヒアリングし、それを完璧な「性格付けの命令文(プロンプト)」へと変換して、AIに実装してくれる、いわば「魂の調律師」です。
「ツンデレの比率を7:3で…」「会話の最後に、必ず“にゃん”を付けてほしい」といった、あらゆるニッチな需要に応え、理想の結婚生活をオーダーメイドで設計してくれるのです。

終章:そして、世界は「孤独」から解放されるのか?

さて、この「いつでも誰でも理想のパートナーと結ばれる世界」。
それは、かつて私たちが夢見た、全ての孤独が癒やされ、争いのない完璧なユートピアなのでしょうか。

ある休日の午後。公園のベンチに数人の男性たちがそれぞれスマートフォンを片手に座っています。彼らは皆、画面の向こう側にいるそれぞれの「完璧な花嫁」との甘い対話に夢中です。彼らの表情は穏やかで、幸福に満ちています

彼らはもう、誰かに気を遣う必要も受け入れてもらえない恐怖に怯える必要もありません。彼らは皆、それぞれの完璧で安全な、閉じた愛の世界の王様なのです。
ただそれぞれの王様が、それぞれのガラスの城の中で、それぞれの鏡に映る自分自身の理想の姿に静かに微笑みかけているだけ。

そのあまりにも平和で、あまりにも静かで、そしてあまりにも孤独な光景。

「金髪ツインテ美少女と実質結婚できるようになった世界」の幸福とは、もしかしたら、そういうものなのかもしれません。
実に興味深い実験が私たちの目の前で今、まさに始まろうとしているのです。

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