【マルハラ】上司の「了解しました。」は、なぜ了解していないように見えるのか?

マルハラ被害者の男性
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序章:たった一つの「。」が、空気を凍らせる

上司とのチャット。「来週の件、よろしくお願いします!」と元気なスタンプ付きで送ったあなた。数秒後、返信がきました。

了解しました。

その、文末にたたずむたった一つの黒い点を見た瞬間。なんだか画面の向こう側の相手の表情が、スッと真顔になったような気がして心が少しザワつく。そんな経験はありませんか?

(あれ、もしかして、なんか怒らせたかな…?)

(「その件はもういいから」っていう、無言の圧力…?)

たった一つの「。」(マル)が、なぜこれほどまでに私たちの心を不安にさせるのでしょうか。この現象、通称「マルハラ(マルハラスメント)」。その不思議な正体を探っていきたいと思います。


第1章:二つの国の人々。「きっちり書きたい」人たちと「ラリーを続けたい」人たち

このすれ違いの背景には、世代や育ってきた環境によるコミュニケーション文化の違いがあります。例えるなら、「二つの国の慣習の違い」のようなものです。

「メールの国」の人々(句点を使うのが当たり前の世代)

彼らのコミュニケーションの基本は「手紙」や「ビジネスメール」です。文章は一つのまとまりとして、きちんと句読点を使って締めくくるのが礼儀正しいという文化で育ってきました。

彼らにとって文末の「。」は、「これで私の伝えたいことは正確に、丁寧に伝えましたよ」という、相手への誠実さを示すサインなのです。むしろ「。」を付けない方が「文章を途中で送ってしまった失礼な人」だと思われないか、と心配になるくらいです。

「チャットの国」の人々(句点を使わないのが普通の世代)

彼らのコミュニケーションはLINEやインスタのDMが基本。短いメッセージでポンポンと会話を続ける「ラリー」が当たり前です。会話全体で一つの文章、くらいの感覚ですね。

彼らにとってメッセージの終わりは「絵文字」や「(笑)」、あるいは何もつけないのが普通。それは「会話はまだオープンですよ」「あなたと話すのは楽しいと感じているのですよ」という、親しさを示すサインになっています。

そんな彼らの世界に、突然「。」というハンコが押されるとどうでしょう。それはまるで「これで会話は終わりです」「あなたとの間には壁があります」という、冷たい拒絶の合図に感じられてしまうのです。


第2章:なぜ「。」は、怒って見えるの?ヒントが何もないことの怖さ

では、なぜ「冷たい」を通り越して「怒っている」ようにまで見えてしまうのでしょうか。その背景には、人間の脳のちょっとしたクセが関係しています。

チャットの国の人々は、短い文章だけでは伝わらない気持ちをスタンプや「!」「w」といった記号で補っています。「了解しました!」と「了解しましたw」では、伝わる温度が全く違いますよね。

でも、「。」にはそうした気持ちのヒントが全くありません。

ここで少しだけ心理学の話になりますが、人間の脳には「ネガティビティ・バイアス」という性質があります。これは、良い情報よりも悪い情報の方により注意が向きやすいという心のクセのこと。昔、危険から身を守るために発達した本能なのだとか。

手がかりが何もない「了解しました。」という文章を見ると、この「ネガティビティ・バイアス」が働いてしまいます。「もしかして、不機嫌なのでは?」と、私たちの脳が勝手にネガティブな感情を補足して読んでしまうのです。

その結果、相手はただ事実を伝えただけなのに、こちらにはなぜか怒っているように見えてしまう。これが「。」が怖いと感じる、心のメカニズムの一つです。


第3章:小さなすれ違いをなくすための、コミュニケーションのコツ

この文化の違いを理解した上で、どうすればお互いに気持ちよくやり取りできるのでしょう。ほんの少しのコツをご紹介します。

チャットの国(若手)のみなさんへ

まず、相手に悪気はない、ただの「文化の違い」なのだと知るだけで心はかなり軽くなります。「これは上司なりの丁寧語なんだな」「礼儀正しく返してくれてるんだな」と、頭の中で翻訳して受け止めてみましょう。

それでも気になるなら、自分から「ありがとうございます!」のように「!」を付けて返すことで、会話の温度をこちらから少し上げる、なんていうのも一つの手です。

メールの国(先輩・上司)のみなさんへ

もしよければ、ほんの少しだけ相手の国の言葉を試してみませんか? いつもの「。」をたまに「!」に変えてみる。「承知しました👍」のように、簡単な絵文字を一つだけ添えてみる。

たったそれだけで、あなたの言葉が持つ印象は驚くほど柔らかくなります。それは相手に合わせるというより、あなたの意図が誤解なく正確に伝わるように「相手に合わせて言葉をチューニングする」という、思いやりの技術と言えるかもしれません。


終章:大切なのは、記号の向こう側にあるもの

結局、「マルハラ」の問題は「相手はどう思っているんだろう?」という、私たちの想像力から生まれています。記号一つで不安になったり安心したり。私たちの心は、それだけ繊細にできているのですね。

大切なのは、文末の「。」にビクビクすることよりも、その記号を送ってきた相手もまた、どうすれば自分の意図が伝わるか悩みながら文字を打っている、同じ人間なのだと想像することなのかもしれません。

この記事で伝えたかったことは、以上です。

ご確認のほど、よろしくお願いいたします。

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