「既読スルー」と「未読スルー」の倫理学 なぜ彼女は「読まない」のか。「読んだのに返さない」のか。残酷な沈黙についての考察

既読(未読)無視されている最中の男性
目次

画面の前に佇む哀しき観測者

時刻は、22時04分。
あなたは自室のベッドの上で静かに、そして一点を見つめています。

あなたの世界のすべてが凝縮された、スマホの画面。その向こう側、「新玉」という名前の横に表示された、神託を待つように。

3時間前。
あなたは自らの勇気とユーモアのセンス、そして下心、その全てを結集させた会心の一文を送信しました。

「今日の体育のドッジボール、すごかったね笑 まじ無双だったわ」

20回以上の推敲を重ね、4パターンの絵文字の中から、最も軽やかで最もプレッシャーの少ない「笑」を選択した、完璧な一文のはずでした。

しかし、22時04分現在。
その人生を賭けた一投に対する返信は、まだありません。

送信履歴の横には、ただ冷たく、そして無慈悲に、「既読」の二文字が刻まれているだけです。

「既読」。
なんと希望に満ち、そして同時に、絶望的な言葉でしょうか。

あなたのメッセージは、確かに彼女の目の網膜に届いた。物理的には、このコミュニケーションは成立している。しかし、なぜ彼女からの応答がないのか。

「忙しいのかもしれない」「なんて返そうか、迷っているのかもしれない」「寝落ちしたのかも」。

あなたの脳内では弁護士と検察官が目まぐるしく入れ替わり、彼女の無罪を証明するための、ありとあらゆる可能性について弁論を繰り広げます。

これは、恋愛の話に限りません。
これは、デジタル化された人間関係において、我々が日々直面している、極めて高度な「情報解読」と「倫理的判断」をめぐる、哲学的な問いなのです。

そして、全ての男子(そして一部の女子)が、一度は疑問に持ったであろう、あの根源的な問い。

「メッセージを読んだのに返信しない既読スルーと、そもそもメッセージを読もうとすらしない未読スルー。果たしてどちらがより罪深い行為なのか?」


「既読スルー」の神学 神は存在するが、祈りは届かない

まず、我々は「既読スルー」という現象の本質を解き明かす必要があります。

「既読スルー」とは、神学的な枠組みで解釈すると、極めて理解しやすくなります。

これは、「神(彼女)は確かに存在する。そして、我々の祈り(メッセージ)は、確かに神の元に届いている。しかし神は、それに応えることを拒否した」という状態です。

「既読」という存在証明

あなたが送ったメッセージが「既読」になった瞬間。あなたは、少なくとも、彼女の生活時間の中に、自分の存在を一瞬だけねじ込むことに成功したのです。それは小さな、しかし確実な「勝利」であり「奇跡」です。神は、あなたという子羊の存在を確かに認知したのです。

「返信がない」という祈りの拒絶

しかし、問題はここからです。
神は、あなたの祈りを聞き届けた上で、なお沈黙を選択しました。この沈黙は、あなたという存在に対する、明確な「判定(ジャッジメント)」なのです。

「その祈りに、応える価値はない」と。

この「存在は認めるが、価値は認めない」という極めて高度で、少しだけ残酷なコミュニケーション。これこそが「既読スルー」の正体であり、我々の心をかくも深く抉り続ける理由なのです。

我々は、祈りが届いていない(未読の)状態であれば、「神はまだ祈りを知らないだけだ」と、希望を持つことができます。
しかし、祈りが届いていることを知ってしまった後ではもはや、その希望にしがみつくことはできません。

ただ、冷徹な「審判」の結果だけがそこに横たわっているのです。

「既読スルー」は、希望的観測を根こそぎ奪い去る。
神の存在を感じれば感じるほどに、己の無力さを痛感させられる。なんと絶望的で神聖な体験でしょうか。


「未読スルー」の量子力学 ~そこには観測するまで誰もいない~

さて、次に我々が足を踏み入れるのは、先の神学的な絶望とは全く異なる法則が支配する世界、「未読スルー」です。

もし、「既読スルー」が神学の領域にあるのだとすれば、「未読スルー」は、量子力学の枠組みで解釈すると、我々の心をざわつかせる本質が鮮明に浮かび上がってきます。

これは、有名な思考実験「シュレーディンガーの猫」と、全く同じ構造なのです。

「未読」という重ね合わせ状態

あなたがメッセージを送ってから、それが「未読」である間。彼女(と、彼女からの返信)は、「箱」の中にいるような状態です。そしてその箱の中で彼女は、あらゆる可能性の「重ね合わせ状態」として存在しているのです。

  • (彼女はスマホを見ていないだけで、本当は俺からのLINEを待ち焦がれているかもしれない)
  • (彼女はスマホをなくして、困っているのかもしれない)
  • (彼女はあなたからのLINEに気づいておらず、友人と楽しく談笑しているかもしれない)
  • (彼女はあなたのLINE通知を意図的に無視し、他の男とLINEをしているかもしれない)

良い可能性も、悪い可能性も、全てが同時に確率の波として存在している。これが「未読」の状態です。

観測されるまで何も確定していない。なんと希望に満ち、そして不安定な状態でしょうか。

未読スルーされている最中の男性

「既読になる」という観測問題

あなたが、何度もLINEのトーク画面を開いてしまうあの行動。

それは当然、あなたが箱の中を覗き込み、「観測」を行うということです。そして、量子力学が示す通り、「観測」という行為が、世界の有り様を一つに決定づけてしまうのです。

「既読」になった瞬間、重ね合わせの状態は収縮し、「彼女は、LINEを見た」という、一つの揺るぎない冷徹な現実に収束します。そして、あなたは、先の「既読スルー」という名の、神学的な地獄へと、再び引き戻されることになるのです。

つまり、「未読スルー」とは、神(彼女)が、そもそも存在するかどうかすら定かではない状態です。

あなたは、存在しないかもしれない神に向かって、ただひたすらに祈りを捧げ続けている。あなたのメッセージは観測されることのないまま、ただデジタル空間を永遠にさまよい続けるのかもしれない。

希望がある限り不安はなくならない。「未読スルー」は、我々の心をじわじわと、しかし確実に蝕んでいく優しい地獄なのです。


我々が編み出した防御戦術の数々

この、神学的、あるいは量子力学的な二つの絶望を前に、我々はただ無力に打ちひしがれているだけではありません。

我々人類は、このあまりにも残酷なコミュニケーションゲームを少しでも有利に進めるため、数々の「防御戦術」を編み出してきました。
ここに、その代表的なテクニックを記録しておきます。

戦術①:「追いスタンプ」による、通知ハッキング

メッセージを送信した後、即座にどうでもいいスタンプを連投するこざかしい情報戦術です。
この目的は、ロック画面等に表示される通知プレビューで、メッセージの本文を読まれないようにするため。

本文の後にスタンプの通知が届けば、プレビューには「○○がスタンプを送信しました」としか表示されません。これにより、相手に「LINEを開く」という一手間を強制させ、意図せぬ「既読」事故を防ぐのです。

「読まれること」すらリスクだと考える。なんという悲しい知恵でしょうか。

戦術②:解釈の余地しかない「曖昧スタンプ」による返信

これは、主に彼女側から繰り出されるカウンター戦術です。
こちらの問いかけに対し、言葉ではなくただ一つ、微妙な表情をした動物やキャラクターのスタンプだけが返ってくる。

それは、「同意」なのか「拒絶」なのか。「興味がある」のか「もう話しかけるな」なのか。全ての解釈がこちらに委ねられる

この、「意味の丸投げ」こそがこの戦術の真髄です。彼女は一切のリスクを負うことなく、会話の主導権と関係性の決定権を、完全に掌握することができるのです。そして我々は、そのスタンプ一つの意味を、朝まで考察し続けることになるのです。

戦術③:究極の悪手 「チラ見」という、禁断の果実

これは、主にiPhoneユーザーに許された、神への冒涜とも言える禁断の秘術です。
トーク一覧画面で相手のトークを長押しし、内容を「チラ見」する。これにより、相手に「既読」を付けずに、メッセージを読むことができます。

一見すると、最強の戦術に見えます。しかしこれは、最も心を蝕む諸刃の剣なのです。なぜなら、あなたは「内容を知ってしまった上で返信しない」という最も罪深い秘密を、一人で抱え込むことになるからです。

この秘密の重さがやがて、あなたと彼女の間に修復不可能な透明な壁を作っていくことを、あなたはまだ知らないのです。


夜明けはまだ来ない

さて、「既読スルー」という名の神学的な地獄と、「未読スルー」という名の量子力学的な煉獄。
我々はこの二つの沈黙の狭間で一喜一憂し、こざかしい戦術を駆使し、静かに心をすり減らしていきます。

では我々は、この不毛な解読ゲームから抜け出すことはできないのでしょうか。

おそらく、できません。

なぜなら、我々が本当に求めているのは彼女からの「返信」そのものではないからです。

考えてみてください。
もし仮に、あなたの送った渾身のメッセージに彼女から「wwwウケる」という、そっけない返信が来たとしたら。
あなたはその瞬間、救われるのでしょうか。

おそらく、否。
あなたは安堵すると同時に、「ウケる、とはどういう意味だ…?本当に面白いのか?それとも、馬鹿にしているのか…?」という、全く新しい別の地獄の扉を開けてしまうことになるでしょう。

そうなのです。
我々が本当に求めているのは、「返信」という単純な結果ではありません。

我々が渇望しているのは、「自分が、相手の世界において価値のある特別な存在として承認されること」なのです。

そしてその承認は、言葉やスタンプだけでは決して、完全に証明することはできない。

だから我々は、夜ごと祈り続けるのです。
既読になるその瞬間を。
返信が来るその奇跡を。

彼女の小さなリアクション一つに、ありったけの「意味」を捏造し、そこに自分にとって都合のいい「好意」の光を見出そうとする。

既読になるのが怖い。
既読にならないのも怖い。
返信が来るのも、本当は怖い。

このどうしようもなくチキンで、見苦しくて、しかし切実なまでの人間的な矛盾。
その中にこそ、「誰かを好きになる」ということの美しさと哀しさの本質が隠されているのかもしれません。

あなたのスマホの画面がふっと明るくなる。
彼女から送られてきたのは、笑顔とも困り顔とも取れない絶妙な表情をした猫のスタンプただ一つ。

曖昧なスタンプが届いた男性

夜明けは、まだ遠そうです。

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